『ジョーカー・ゲーム』リアル・ワンカットレポート(カット職人・林)



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【特別公開】  『ジョーカー・ゲーム』リアル・ワンカットレポート
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 こんにちは、カット職人の林です。
 今回は『ジョーカー・ゲーム』公開直前ということで、
 1年前にメルマガで掲載した原稿を一部、特別にお届けします。

 およそ1年前、我らがメルマガ執筆陣(上鈴木伯周&大川編集長&わたくし)は
 『ジョーカー・ゲーム』撮影現場にお邪魔していました。
 映画の1カットがどんな風に出来上がるのか?
 を具体的に見てきましたので、そのレポートになります。

 題して……「リアル・ワンカットレポート」!!

 ***

 その現場とは、インドネシア・バタム島で撮影が行われている
 入江悠監督作品『ジョーカー・ゲーム』。
 わたくしがお邪魔した日は、すでに2/3ほどの撮影が終了している状態で、
 つまりは2/3のカットが撮り終わっていた。

 当たり前の話だが、カットというのは撮るのが「大変なカット」と「簡単なカット」がある。
 爆発するカットや、人物の動きの入り乱れたカット、
 極端な長回しカットなどは当然、「大変なカット」である。
 こういったカットがどういう風に生成されるのか? にももちろん興味があるが、
 わたくしは今回、と〜〜〜っても地味なカットに注目した。
 おそらく劇場では誰の印象にも残らない、だけれどもそのカットがなければ
 映画は成立しない。そんな日陰のカットがどう生成されるかを具に観察してきた。

 なぜ、そんな地味なカットをレポートするのか?
 それは、その地味なカットの積み重ねが映画を支えているからとしか言いようがない。
 逆に言うと、地味なカットをサボるとその他部分のリアリティが失われてしまう。
 いくら派手な部分が素晴らしかったとしても、細部がダメであればその世界に乗れない。
 神は細部に宿る、と言われるが、その言葉を借りるなら、
 わたくしカット職人としてはこう言いかえたい。

 【神は地味なカットに宿る】

 この『ジョーカー・ゲーム』という映画は、地味なカットをどう撮影しているのか。
 具体的に説明するわけにはいかないので、似たようなシーンで例えることにしよう。
 それはこんなシンプルなシチュエーションだ。

 ++++++++++++
 ○駒木根邸・門(夜)
    車に乗った上鈴木と、バイクに乗った森下がやってくる。
 ++++++++++++

 脚本上では、これだけの短い1カットだ。おそらく2~3秒だと推測される。
 現場では、まずこんな声が響き渡った。

 「は〜い、まず2人がこっちにやってくる、っていうカット撮りま〜す」

 おそらく助監督のかけ声であろう。
 このカットが「2人がこっちにやってくるカット」であることが端的に明示される。
 そして、上鈴木が車に乗り込む。
 森下もバイクにまたがって、リハーサルがスタート。

 上鈴木がアクセルをふかし、車が出発。と同時に森下もバイクを発進。
 車とバイクが門の前で停止。

 「はい、もう1回いきま〜す」

 ちなみに、『ジョーカー・ゲーム』の時代設定は1930年代前後であろうか。
 車やバイクは当時のモノが再現されている。
 車のスピードが少し遅かったので「もう少し速く走ってくれ」と
 スタッフが上鈴木に指示した後、2回目のリハーサルへうつる。

 (中略)

 ここで忘れてはならないのは「これらすべては嘘」だということ。
 映画とは、カットという嘘を積み重ねるメディアなのだ。
 
 「それじゃ、本番いきま〜す」

 2回のリハーサルを終え、いよいよカメラが回る本番へ。
 車に乗ったままの上鈴木はバックして定位置へ。
 バイクに乗った森下は笑顔で、定位置へ走る。
 
 そして、カメラが回る。

 「レディ、アクション!」

 車とバイクが門の前へ。動きは完璧だ。

 「OK! もう1回!」

 2回目の嘘に向けてスタッフが動く。
 照明の調整、バイクのエンジンの確認などなど。
 そして、TAKE2。

 今度はバイクの停止位置が少し左にズレたようだ。
 バイクが左にズレてはいけないのか。
 そこに正解はない。
 どのカットにOKを出すのか、そこにも正解はない。
 ただ1つ言える基準としては「そのカットがどれだけ現実に近づいたか」ではなく、
 「そのカットをどれだけ現実のように観客に感じさせるか」であろう。

 現実をそのまま写したカットが、リアリティがあるわけではない。
 それは1年間カットを数えてきた職人としての実感だ。
 もし、この地味で短いカットに意味があるとすれば、
 これから展開されるであろうスペクタクルなカット前の助走としての意味だけ。
 誰もこのカットに感動しないし、記憶にも全く残らない。
 だけれども。
 だからこそ、このカットは決定的に重要なのだ、
 そう思っている人物が最低でも1人いなければ、このカットはいらない。

 カメラが回り、TAKE3が始まる。
 滞りなくカットがカメラにおさまる。誰もがOKかと思う。

 「もう1回いきましょう」

 カットは「1枚で勝負する絵画」ではない。
 連続して繋がってこそ意味を持ってくる。
 そういったカットの連続性を意識することが客観性だ。
 そのカット連鎖をイメージしている人物が最低でも1人いなければ、このカットはいらない。

 TAKE4。
 カメラが回る直前、アクシデントが起こる。
 車のライトが点灯しなくなったのだ。
 前述の通り、古い車種を用意しているため予備のライトなどない。
 まさかと思ったが、解決法はこうだった。
 
 ライトを棒で叩く。
 
 その結果、どうなったか。
 ついた。
 ライトは点灯した。原始的な方法だが成功したのだ。
 周囲に和やかなムードが生まれ、スタッフの士気が高まったままTAKE4へ。

 リハーサルも含めると同じ動きを5回繰り返していることになる。
 6回目の嘘となるTAKE4。

 車とバイクが駒木根邸の門へと走り出す。
 車のスピードはこれまでのどれよりも速く、上鈴木のブレーキも的確。
 併走するバイクの森下もぴたりと停車する。

 「はい、OKで〜す!!!!」

 拍手が鳴り響く。
 その場にいる約100人のスタッフ全員による自然発生的な拍手だ。

 劇場で1カットを数えるなんて、あっという間だ。
 右手のボタンを押す。
 たったそれだけ、一瞬の出来事である。

 この地味な1カットの撮影開始から約1時間30分がたっていた。
 準備や俳優の着替えを入れたら、その数倍の時間がかかっているだろう。
 たった3秒の1カットに、1時間30分である。
 このカットに生命は吹き込まれたのだろうか?
 実は、それは誰にも判断できない。
 カットが積み重なり、それを編集し、音楽をつけて、整音をして、色味を調整して、
 完成品がスクリーンに映し出されても、そのカットが正解なのか誰にも分からないのだ。
 観客にだってそれは分からない。

 だが、それが絶対的に分からないからこそ、その1カットに賭けるしかないのだ。
 賭けるからこそ、得るものもあるし、失うものもある。
 カットは意志であり、嘘であり、賭けだ。
 本気で賭けている人物がいるのならばーー
 そんな人物が最低でも1人いるからこそ、その賭けの証人として僕たちは劇場に足を運ぶのだ。

 地味なカットの撮影が終わり、すぐさまスタッフたちは次のカットの準備に入る。
 大がかりな仕掛けや大量の小道具の用意がはじまった。
 どうやら次のカットは、先ほどとは違って派手なカットのようだ。
 スタッフに笑みがこぼれる。
 カットを楽しんで作っている様子が伝わってくる。
 無事、映画のラストカットが撮り終わったら、
 『ジョーカー・ゲーム』のスタッフみんなはどんな笑顔をするんだろう。

 以上、地味なカットを見た男の、地味なリアルワンカットレポートである。
 僕たちは心して、これ以上にワクワクするカットが詰まった映画の完成を待とうではないか。

 ***

 そしてご存じの通り、完成した映画『ジョーカー・ゲーム』は今週末1/31(土)に公開されます。
 是非、どんなカットが実際にスクリーンにうつしだされるのか、
 劇場で目撃して下さい。
 よろしくお願いします!!!!!!!!!!

 ちなみに、わたくしは公開初日にTOHOシネマズ日劇の大スクリーンで鑑賞する予定です。
 スパイ映画は大スクリーンで観ないとね!

 映画『ジョーカー・ゲーム』公式ホームページ
 http://www.jokergame-movie.com/index.html

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