【人生スイッチ】ひとりガチ話!


みなさまこんばんは。
メルマガ編集担当でございます。
先日、Podcastで語ったアルゼンチン映画『人生スイッチ』。

人生スイッチ


普段私はPodcastで聞き役兼おたより係を務めておりますが、
なんだかこの映画だけはどうしても語りたくなり、3分間プレゼンに参加。
存分に語ったはずだったのですが――あれ、まだ全然語り足りないわ。
ということで、ブログで長い蛇足を書きます。
「ちょうどいま暇!」という方、お付き合いください。

Podcastで発言したように、私は本作を通じて、
映画でこんなことができるのか! と感銘をうけました。
なぜなら、映画を観ることで、

アルゼンチンってこういう国なんだ!
と、未知なる国を理解できた気になったからです。


わたしが映画から受け取ったアルゼンチン像は以下のようなものでした。

・貧富の差が激しく、
・階級差が厳然とあり、
・必然的に、階級間での軋轢がある

ホントかな。
そう思って調べたところ、アルゼンチンは世界で28番目に貧富の差が激しい国。
なおかつ移民が97%、原住民が3%という極端な人口構成の「移民の国」であり、
人種差別はないものの、階級差別はある国であることがわかりました。
わ、マジで映画の印象そのまんま。
120分ちょいの映画を観るだけで、一国の現状がまるっとわかってしまう。
いやはやすごい、この映画。
というわけで、一話ずつじっくりと考えたいと思った次第であります。

まず前提となる仮説を述べます。
本作は
「金持ちと、貧乏人が、対立の果てにひとつに融け合うお話」
です。
金持ちとは、ヨーロッパからの移民の末裔/もしくは悪いことしてる奴で、
主に首都・ブエノスアイレス在住の人々。
貧乏人とは、それ以外の人全部です。
固定化した上流階級と悪人が、アルゼンチンでは富を独占し、正しく再分配が行われていない。
当然ながら、貧乏人は金持ちに対してウップンがたまっている。
以上の「仮説」をもって、解説をスタートします。

【一話目】

飛行機に乗り合わせた客が、実は全員ある人物の知り合いとわかる。
その人物は操縦席を占拠しており、乗り合わせた客+「ある夫婦」を
道連れに壮大な自爆テロを目論んでいる…というお話。


ポイントは「その人物」が、「金持ちの息子」である点です。
なぜ「金持ちの息子」であるかといえば答えは単純で、
ひとつには飛行機一機を借り切るだけのカネを持っている、ということ。
もうひとつポイントとなるのは、かつて金持ちの息子の音楽作品を酷評したという音楽評論家の
「多くの人のためにあんな音楽を評価するわけにはいかなかった」という一言。
おそらく金持ちの息子は、金にモノを言わせて強引に自分の作品をコンテストの俎上にあげたのでしょう。
ただ作品がダメなだけなら、多くの人のために、という言葉を評論家は口にしないはず。
「カネにモノを言わせてきた」からこそ、評論家は「多くの人のために」酷評したのではないでしょうか。

以上から、本話のポイントは2つ。

・金持ちはズルをする
・金持ちの息子はどうしようもない

映画を観たアルゼンチンの庶民は、思わずガッツポーズをしたことでしょう。
しかし、ではこの映画は「庶民の味方」なのかといえば、
そんなことは全然まったくない
ことが、以下のエピソードからだんだんとわかってきます。

【二話目】

激しい雨の夜、レストランにひとりの客が訪れます。
ウェートレスは、その男が、父を死に追いやった男であることに気づき、
レストランの女主人にその旨を告げます。
すると女主人はその男の殺害をウェートレスに提案し――というお話。

この話の面白いところは、
登場人物全員が、地方出身の非・移民の末裔(に見える外見)である点。
富を独占しているのは必ずしも白人だけではないのだ、
というメッセージが本話には込められているように思います。
金持ちは悪で、貧乏人は善。
そういう単純な話ではありません
よ、と本話は語りかけます。
ちなみに、第5話も、「金持ちも貧乏人も一皮剥けばどちらもロクなもんじゃないよね」
というお話であります。

【三話目】

田舎道を走行中、車線をゆずらないボロ車にブチ切れ、
追い越し際に「この田舎者が!」と罵声を浴びせた新車のアウディに乗った男。
ほどなくアウディのタイヤがパンク。そこに先刻追い越した田舎者が追いついて――
というお話。


描かれるのは「金持ちvs貧乏人のガチンコバトル」。
すなわち、「階級ウォーズ」です。
金持ちは、高級そうなスーツをまとい、欧州車に乗っています。
田舎者は、きったない服を着て、ボロボロの車に乗っている。
描かれるのは金持ちと田舎者の対比で、これは六話目と同じテーマです。

面白いのは、
田舎者が、まさしく「田舎者」と呼ばれたことにキレている点です。
アルゼンチンにおいて、金持ちと貧乏人の対立、持てるものと持たざるものの対立は、
都会人(ブエノスアイレス人)とそれ以外の対立でもあることが予想されます(ホントかどうかは知りません)。

さて、ラストシーンで都会人と田舎者は「ひとつ」に溶け合います。
これは、六話目のラスト、金持ちの息子と貧乏人の娘がセックスにより「ひとつ」になるシーンと対になっています。
本作は、1話目と4話目、2話目と5話目、3話目と6話目がそれぞれ対応関係になっており、
そのあたりも実に丁寧なつくりだと言えると思います。

ちなみに、本話の主人公は都会人で金持ちですが、「金持ちの息子」ではありません。
5話目の主人公もそうですが、「自力で金持ちになった男」に対して一定のリスペクトを保つのも、本作のバランス感覚と言えましょう。

【4話目】

爆破技師である主人公は、一仕事終えて娘の誕生日ケーキを買っている隙に、
クルマをレッカー移動されてしまう。それを不服とした男は役所で大暴れ、会社をクビに。
家族からは三下り半を突き付けられ、再就職先も思うように見つからないなか、
再度クルマをレッカーされた男は、レッカー会社を爆破することを決意する……というお話。

これは、1話目と道具立てが異なるだけで、まったく同じ話だと言えます。
1話目では金持ちの息子が、本話では貧乏人が、それぞれブチ切れて個人的テロ行為に走ります。

注目したいのは会社をクビになった主人公が、再就職先に履歴書を提出しにいくシーン。
担当者の不在を告げられた主人公は、受付嬢を口汚くののしり、会社を去ります。
これ、どう考えても主人公が悪いんですよね。
しかも、このあと主人公はクルマを再度レッカーされてしまうのですが、
明確に縁石が黄色く塗られた場所(駐車禁止区域)に駐車していた気がします。
彼は社会に文句ばかり言い、自らの行為をなんら省みていない、要するにダメ人間です。

彼は、自らのテロ行為が大衆の共感を生み、「たまたま」ヒーローとなりますが、同時にただの犯罪者にすぎません。
ラストに映る主人公の虚ろな瞳は象徴的で、彼の人生に明るい未来はありません。
これにより、必ずしも全面的に庶民の味方ではない、と映画は宣言しています。

じゃあなんなんだ。なにが言いたいんだ。
映画のミッドポイントをまたぐ本話をきっかけに、
物語は「結論」へと向かっていきます。

ちなみに、本話で主人公はケーキ代、レッカー代、違反金などを支払いますが、その通貨はペソ。
しかも、日本円にして数千円のしみったれた額です。
それに対し、続く五話で扱われる通貨はドル、しかも億単位であることにも注目です。
ケーキを買うときに、思ったより高い値段を言われた主人公は「舶来モノみたいだな」と
店員の女の子に嫌味を言いますが(これはモテない!)、舶来モノもキーワード。
3話目、5話目で金持ちが乗るクルマは、それぞれアウディとベンツで、まさしく「舶来モノ」です。

【5話目】

金持ちの息子が妊婦を轢き殺してしまう。
金持ちの父は、弁護士の提案で、検察官にも賄賂をつかませ、
使用人に5000万ドルと引き換えに息子の身代わりとなることを要請するが……というお話。


要約すると「金持ちも貧乏人も一皮剥けば同じ」という話で、
純粋に6話目へのブリッジとなります。

本輪の注目は、登場人物たちの服装に尽きます。
身代わりとなることを持ちかけられる使用人の服の、まーみすぼらしいこと!
その使用人と肌の色が似ている検事の服の、まー高そうなこと!

このあたりから、
アルゼンチンには人種差別はない(肌の色が同じでも従事している役割は大きく異なる)が、
階級差別はある(着ている服=ステータスは大いに異なる)ことが予感されます。

本話では、ラストで貧乏人が貧乏くじを引きます。
映画は金持ちの側にも貧乏人の側にもつかない。
そう宣言して、ラストの6話へとなだれこむ
のです。

それにしても、金持ちの息子っつーのはホント駄目ですね。

【六話目】


幸せ絶頂の結婚式の最中、ふとしたきっかけで新婦は新郎の浮気を知る。
思わず会場を泣きながら走り去る新婦が、
追いかけてきた新郎の前で本性をあらわして――というお話。


本話の新郎は、金持ちでマザコン。堪え性もないし思慮も浅い。
またしても「金持ちの息子」です。
対して、新婦は強かな貧乏人です。姉さん女房でもある気がします(しわが多いので)。
新婦が貧乏人(かつおそらく田舎者)であるのは、彼女の発言のはしばしからうかがえます
(『タンゴを教えてくれる場所がわからない』など)。

新郎の浮気発覚を契機として、楽しいはずの結婚式はめちゃめちゃに。
自暴自棄になった新婦は会場ホテルのスタッフと屋上セックスにおよぶわ、
新郎は刃物を持ち出すわの大騒ぎで救急車まで出動する騒ぎになります
(ここで登場する医者が何故か手術着姿なのですが、ここは“笑うとこ”だと思います)。

あれ、どうすんのこれ。
もうそろそろ120分ですけど?
という刹那、新郎と新婦は衆人環視の元、セックス(というかペッティング)を開始。
映画はそこで終わります。
うーん、なるほど。
つまり、本話は金持ちと貧乏人が、抱えている様々な問題を乗り越え(あるいは先送りし)
最後の最後で許しあい、和解する話
なのです。
3話目で殺しあった金持ちと貧乏人が、今度は愛し合うのです。感動です。

まとめます。
アルゼンチンには貧富の差、階級差があり、階級間には差別と憎しみがある
(1、2、3話)。
しかし、それを言ってもキリがないし、そもそも金持ちも貧乏人もどっちもどっちだよ!
(4、5話)
だったら、いろいろあるけど仲良くやろうよ、しょうがないからさ、とほほ。
(6話)


このように「アルゼンチンってこんな国なんす」と、語りかけてくるように、私には感じられたのです。
そして、アルゼンチン人が本作を観たら、めちゃくちゃ笑える(あるいは全然笑えない)
「アルゼンチンあるある映画」となっているのだと思います。

もちろん以上は映画素人の私の妄想に過ぎません。
大いに的外れであるに違いないとも自覚しています。
しかし、こんな風に妄想を展開させてくれただけでも、
私は本作に感謝を述べたいと思う次第であります。いやー、映画ってホントおもろいっすね。

というわけで。

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