メルマガには書かなかったこと(カット職人・林)


 こんにちは。
 週刊「僕モテ映画聖典マガジン」内の「終わった恋と、映画を数える」という連載で
 新作映画のカットを数え続けている、カット職人の林賢一です。

 僕ら「僕モテクルー」は毎週、様々な映画について原稿を書き、
 それらをメールマガジンという媒体で、皆さまにお届けしていますが、
 「読みやすさ」を考慮して、文字数に制限をかけていたりします。
 (たとえば、同じメールマガジンでも『水道橋博士のメルマ旬報』が
 文字数がとてつもなく多くて濃いのとは真逆のベクトルです)

 その結果、大原則として僕らは「新作映画」を扱うことにしているため、
 たとえば映画本、もしくは名画座で観た作品、はたまたDVDスルー作品などを
 じっくり扱う場所がなかったりします。

 そこで、このブログでは「僕モテメルマガ」では書かなかった・書けなかったことを
 ツラツラと書きつつ、本業であるメルマガにフィードバックできたなら、などと思っています。

 僕らのメルマガは、主催の映画監督・入江悠による巻頭エッセイ
 「映画でモテると思ってた」ではじまりますが、
 さしずめこのブログが、最新メルマガを振り返りつつ、
 それらを締めくくるような記事になることを夢想しつつーー

 * * * * *

 さて、みなさんは映画本をどれくらい読まれますか?
 大前提として、映画本というのは肩身が狭いものです。
 (僕らの映画メルマガも同じですが)
 なぜか?
 映画というのは、言語にならざるモノをうつしとるからです。
 イージーに言語化できるのであれば、そもそも映画にする必要はありません。
 あくまでも、映画は言語から最も遠いところにあります。
 ですが、僕らは素晴らしい映画に出会ったとき、それを語りたいし、
 誰かに伝えたいと思う。
 それらは悲しいかな、言葉を通じてなされるしかありません。
 ここが決定的に矛盾しています。

 言葉では伝えられないことを、言葉で伝えようとしている。

 つまり、映画本や映画についての語りというのは、
 その存在自体が不可能性をまとっているのです。

 肩身が狭かったとしても、語らなければならない時があります。
 それが映画を語る瞬間であり、映画本が生まれる瞬間です。

 * * * * *

 今、手元に2冊の映画本があります。
 1つは『マッケンドリックが教える映画の本当の作り方』(フィルムアート社)。
 『マダムと泥棒』などの映画監督、アレクサンダー・マッケンドリックによる映画教則本です。
 冒頭を引きましょう。

  映画は媒体である。映画とは、作り手の想像力から、そのメッセージの発信先にいる人々の
  心の目と耳に、特定のコンセプトを伝達するコミュニケーション言語である。
  したがって、そこには絶対的なものは何一つ存在しない。


 もう1つは『建築映画 マテリアル・サスペンス』(鈴木了二)です。
 これも冒頭を引きます。

  『グロリア』を観ていると、つくづくジョン・カサヴェデスがニューヨークという都市を
  細部にわたって知り尽くしていることが分かる。ニューヨークに住んだことのないわたしが
  そう思うのだから不思議な気もするが、でも映画に限らず、描き切れたと言えるものは
  すべてそういうものだろう。


 ここに僕モテ・メルマガ最新号である、入江悠の連載、
 「モテる大人になるための映画術」の冒頭を引きます。

  映画を観る時間がない。
  『ふたがしら2』の撮影が終わり、やっと関東に帰ってきたと思ったら、
  今夏撮る予定の映画の準備がいきなり佳境を迎え出した。
  とはいえ、世の中には時間をやりくりして何としても観ないといけない映画がある。
  日本映画に限っていえば、僕にとってそれは黒沢清監督の新作、ということになる。


 言うまでもなく、いま引いた3つの文章は、
 どれも映画について書かれたものですが、それぞれタッチが違います。
 筆者や時代が違うのだから、当たり前といえば当たり前ですが、
 わたくしにはそれがとても不思議に思えるのです。

 『マッケンドリックが教える映画の本当の作り方』は、カリフォルニア芸術大学にて
 教鞭をとっていた授業用配付資料を基にした書籍。

 『建築映画 マテリアル・サスペンス』は書き下ろしを中心に、
 主に「建築映画」というジャンルの提案をしつつ、雑誌に掲載されたインタビューなどを含む書籍。

 「モテる大人になるための映画術」は30代の映画監督が、撮影現場をこなしながらも、
 毎週、メールマガジンという形態で読者に届ける連載。

 そのどれもが映画を語りながらも、その読者層や目的はむろん異なります。
 
 わたくしが考えたいのは、
 「映画を語る」のは誰のためなのか? ということです。
 自分のためなのか?
 読んでくれる読者のためなのか?
 それとも未来に生まれてくる誰かのためなのか?
 それらすべての人たちのため?

 僕らは映画のメルマガを毎週配送している身として思うのです。
 僕らのメルマガを読んだことがきっかけで、
 ある映画に興味を持ち、映画館に足を運んでくれるのであれば、とても嬉しい、と。

 たとえば僕モテクルーは先週、
 『クリーピー 偽りの隣人』『或る終焉』『君とひととき』
 『葛城事件』『日本で一番悪い奴ら』『教授のおかしな妄想殺人』
 『トリプル9 裏切りのコード』『64-ロクヨン-前編』『64-ロクヨン-後編』
 『エクス・マキナ』『女たち』『アダム氏とマダム』
 『TOO YOUNG TOO DIE! 若くして死ぬ』『帰ってきたヒトラー』
 『貞子vs伽椰子』『フレンジー』『裏窓』『アジョシ』
 『グラン・トリノ』『ぼくのエリ 200歳の少女』『ヴィンセントが教えてくれたこと』
 『ディーパンの闘い』『太陽』

 順不同ですが、これだけの数の映画を語っています。
 (こう並べると、ある種の、2016年6月下旬の映画史として貴重ですね)
 執筆陣は全員が自腹で観ているので、よくある週刊誌の試写レビュー的な
 気遣いや抑制などは一切ありません。
 
 僕らのメルマガは、映画本とレコメンドの中間に位置するのかもしれません。
 批評でありつつ、扇動でもある。
 悪く言えば中途半端、良く言えばフットワークが軽くて身軽。
 それはメルマガという媒体である以上、仕方ありません。
 
 ですが、1つだけ確信しているのは、メルマガでしか伝えられない種類の
 「映画の語り」があり、それを実践する身としてかすかな手応えを感じていることです。
 
 7月第1週の配送号は特集号です。

 『インデペンデンスデイ:リサージェンス』公開記念、〈宇宙人襲来!映画特集〉

 と題しまして、
「宇宙人が地球に来ると、映画はどうなるか」を執筆陣一同で考えてみることにしました。
 映画本1冊にはならない企画かもしれません。
 雑誌の特集としてはあまりページを割けない企画かもしれません。
 ですが、メルマガならできる。
 その凡庸さを僕らは恐れないで、メルマガを配信し続けたいと思います。

 読者の皆さま、配信までしばしお待ち下さい。
 まだ読者ではない未来の読者さま、メルマガでお逢いできたら嬉しいです。
 メルマガ登録初月は無料ですので、ぜひお気軽に。
 
 ではまた。

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